世の中には皆さんが知らなくても、なくてはならないような重要な役割を影ながら果たしている会社がたくさんあります。
例えば、映画が世の中に出てくるまでの流れをみてみると、まずは映画自体を作る製作会社があります。ジブリとかそういう会社ですね。
そして、出来上がった映画作品を宣伝して多くの人に知ってもらうための配給会社があります。これが東宝や松竹などです。
配給会社は様々な宣伝媒体を使いますので、例えば広告代理店にポスターを発注したり、映画の予告編フィルムや動画を作成してもらうために映画の予告編制作会社へ依頼したりします。
また、映画をTVで放送したり、映画作品の特集や宣伝をテレビで放送してもらったりもしますのでテレビ局も当然絡んできます。
最後に映画フィルム自体を上映する映画館・劇場と呼ばれるところがあります。
最近では劇場そのものよりも、大型ショッピングモール内に10シアターくらいの映画館が入っているシネマコンプレックスと呼ばれる形態が多いかもしれません。
ということで、ショッピングセンターなどとも密接に関係していたりします。
1本の映画をめぐってこれだけ多くの人や会社、場所が関係している訳ですね。
ちなみに、どうやら日本の映画業界的に、「制作」は映像を作るとか、ポスターを作るなど1部のパーツを作る場合に使い、
企画発案からプロデュースまで1作品に対してすべての流れを把握して携わることを「製作」すると呼んでいるキライがあるようです。
さらに、映画を制作するための技術を学ぶための専門学校などもあったりしますので、興味のある方はぜひ調べてみてください。
映画関係の企業サイト一覧 | ||
ガル・エンタープライズ |
日本の映画予告編制作会社 | |
バカ・ザ・バッカ |
日本の映画予告編制作会社 | |
イメージ・フォース |
日本の映画予告編制作会社 | |
仕事主義 |
日本の映画予告編制作会社 | |
予告屋 |
日本の映画予告編制作会社 | |
日本アカデミー賞 |
日本アカデミー賞の公式サイト | |
シナリオ・センター |
日本の有名な脚本スクール | |
DreamWorks |
スピルバーグが作った映画会社 | |
PIXER |
アメリカの映像制作会社. Pixer Animation Studio | |
スタジオジブリ |
日本のアニメ制作会社 | |
ディズニー映画 |
Continue Reading ››
様々な映画会社の歴史と現状このページでは世界的な映画会社とその歴史について有名なところを紹介します。 まずはハリウッドを中心とする北アメリカの映画会社をご紹介しましょう。世界的にみて、最大の売り上げと絶大なる影響力を持っている企業と思っていいでしょう。 通称ビッグ6と呼ばれる6社です。 パラマウント・ピクチャーズ ユニバーサル・ピクチャーズ ワーナー・ブラザーズ ウォルト・ディズニー・カンパニー 20世紀フォックス ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント あなたが知っている洋画(ハリウッド映画)のほとんどがこの映画配給会社から配給されています。 ちなみに、ハリウッド黄金期(1920-40年代)頃には5大メジャー・スタジオと呼ばれていた以下の5社が中心となってスタジオが制作、配給、劇場を管理して映画の制作から配給、上映まで全てのプロセスを支配するというスタジオ・システムを確立していました。 パラマウント ワーナー・ブラザーズ 20世紀フォックス MGM RKO まずは、歴史から行きましょう。上に挙げたビッグ6は順番は設立が古いもの順に挙げました。 ◆知っておきたい天才創設者達(wikipediaを参考にしています) ・パラマウント 一番古い歴史を持つのはパラマウント社で、東欧系ユダヤ人としてハンガリーで生まれたアドルフ・ズーカーという偉人が、なんと移民労働者としてモップ拭きからそのキャリアをスタートさせて毛皮商として成功します。 そこから後に劇場王となる同業者の親友、マーカス・ロウに触発され、ボードビル会社を設立。これがフェーマス・プレーヤーズという会社で、おそらくパラマウントの大元になる母体と思われます。 ちなみにボードビル会社とは米国においての舞台での踊り、 歌、手品、漫才などのショー・ビジネスを扱う会社のことです。 そして、1913年後の「メトロ・ゴールドウィン・メイヤー(MGM)」という大変有名な映画会社の前身「ゴールドウィン・ピクチャーズ」の創始者で当時手袋商だったゴールドウィンと、 これまた後に映画創世記に最も成功した映画製作者のひとりで現在のアカデミー賞特別賞の1つの名前としてゴールデングローブ賞の部門のひとつで長年にわたって映画界に貢献した人物に贈られるセシル・B・デミル賞というのがあるくらい成功する、 当時脚本家だったセシル・B・デミルらと組んでハリウッド初の長編映画「スクォー・マン(スコウマン)」を製作します。 さらにD・W・グリフィスが『國民の創生』(1915年)、『イントレランス』(1916年)を次々発表し人気の映画スタジオとして不動の地位を築きます。 ズーカーの経営手腕は凄まじいもので、人気スターの出演作を次々購入・製作し、市場を奪われた興業者たちの間では「ズーカーを止めろ!」が合言葉になる程だったそうです。 実際、20年半ばでの収益はフォックスの2倍、ユニバーサルの3倍、ワーナーの5倍におよびました。1927年に社名をパラマウントに改称しています。その後、破産や再建、買収などの歴史があり、現在は1994年にバイアコム(現・CBSコーポレーション)というアメリカの巨大メディアグループ会社に買収され傘下となっています。 パラマウント社で特記すべき点は、もう一つ、あの映画監督のスティーブン・スピルバーグ監督とレコード会社経営者のデヴィッド・ゲフィンディズニーの製作部門のトップであったジェフリー・カッツェンバーグの3人が設立したドリーム・ワークスという会社を16億ドルで2005年に買収を発表し、翌2006年にに正式合意したことです。ところがどっこい、何を思ったか2007年にはバイアコムのフィリップ・ドーマンというCEOが「スピルバーグ監督は不要」と発言しちゃったものだから、両者の関係は険悪化しちゃいます。そして、結局ドリームワークスは2008年インドの会社の出資を受けてパラマウント映画から独立。さらに2009年にはディズニーとの配給契約を締結しました。ただし、ドリーム・ワークスアニメーションというアニメーション映画専門の会社とは契約が2012年までは続いているらしいということと、実写作品についてもパラマウントとドリーム・ワークスの共同製作および配給されるものもあるということです。まあ、少なくとも2012年まではドリームワークス・アニメーションを傘下に持っていると思っていればいいでしょう。 ・ユニバーサル 次に歴史のある映画会社ユニバーサルですが、こちらもまた歴史のある会社でして、アメリカのテレビ局というか、三大ネットワークというのがありまして、ABCとCBSとNBCという会社がそうなんですが、そのうちのNBCというのは親会社がNBCユニバーサルという会社で、その同じ親会社の傘下にユニバーサル・ピクチャーズも位置しています。ちなみん、テーマパークのユニバーサル・スタジオも同じ親会社NBCユニバーサル傘下の別の会社によって運営されています。 すごいのに意外と知られていないのは、このユニバーサルの大元の創設者は、カール・レムリというドイツ生まれのユダヤ人なのですが、この人実は「ローマの休日」や「我等の生涯の最良の年」などを監督したウィリアム・ワイラーと天才物理学者で相対性理論の生みの親でもあるアルベルト・アインシュタインの親戚に当たります!1884年にアメリカ合衆国に移住してきて、最初は衣料セールス業者として衣服店を経営していたのですが、1905年、買い付けで赴いたシカゴで初めてニッケルオデオンと呼ばれる安価な映画館の人気に触れ、シカゴへの旅から数週間で彼はそれまでの商売をたたみ、ニッケルオデオンを数軒買収し映画ビジネスを始めたと言われています。 ちなみにこの時代1908年頃は映画関係の特許多数を持つ発明王トーマス・エジソンがMotion Picture Patents Company, MPPC, 別名エジソン・トラストという会社を設立して、映画用カメラや上映機など映画関係の機械に使われる電気モーターなど、多数の部品の特許をたてに、映画の撮影から上映までのすべての過程から料金を徴収して映画産業独占を強めようとしていたそうです。こうしたやり方に不満を抱いたカール・レムリーらは、独自のやり方で映画製作をやろうと決意し、他のニッケルオデオン経営者らと共にフィルム会社を設立し、さらには出演料の高騰を防ぐため俳優の名を映画にクレジットしないというエジソンらの慣習を破り、登場するスターらの名を表示するようにしたため、当時の主要な映画俳優の多くがレムリらと仕事することを望むようになります。こうして彼はスター・システムの形成に成功し、エジソンとの戦いに勝ったというわけです。この時の会社名がIndependent Moving Picture Company, 略称 IMPと言いますが、この会社ととその他8つの中小映画会社を合併し、「ユニバーサル・フィルム・マニュファクチュアリング・カンパニー」(Universal Film Manufacturing Company)を1912年6月に設立しました。これがいわゆるユニバーサルという名前が始めて出てきた瞬間になります。 さらに面白い話があって、ユニバーサルのプロデューサーの1人が当時若き日のウォルト・ディズニーがアニメ制作者として共同経営者であったアブ・アイワークスとともに契約していた先のスタジオのボスと結婚し、結果的にウォルト・ディズニーらは一時期ユニバーサル傘下にいたようなものという状況にありました。ただ、この時、ディズニーとアブ・アイワークスが考案した「オズワルド」というキャラクターシリーズについて、より高い契約料を交渉したけど、断られたのでディズニーらはユニバーサルを去り、自分達でかの有名なミッキーマウスを生み出すことになるというエピソードがあります。ちなみに、カール・レムリはいわゆる縁故主義というやつで息子を社長にして、親戚のうち70人くらいも従業員としてユニバーサルで職を与えるというやり方をしていましたが、結局は株主の間で批判されレムリ家は自分たちが創業した会社から冷たく追われることになったそうです。 現在は、1952年にまずデッカ・レコードの米国法人(米デッカ)に買収された後、1962年には米デッカがMCAに買収され、さらに1990年、MCAが日本の松下電器産業に買収され、1995年、松下電器産業がMCAをカナダの酒造企業シーグラムに売却し、2000年にはシーグラムとフランスの複合企業「ヴィヴェンディ」、および「ヴィヴェンディ」の傘下の有料テレビ会社「カナルプリュス」の3社で合併し、ヴィヴェンディ・ユニバーサルが誕生して、2004年、ヴィヴェンディ・ユニバーサルの娯楽部門「ヴィヴェンディ・ユニバーサル・エンターテインメント(ユニバーサル映画が属す)」と放送会社(局)「NBC」が合併し、NBCユニバーサルを設立されました。これが現在のユニバーサルの親会社となっています。ややこしっ!(笑) 余談ですが、ユニバーサルの社員だったハリー・コーンという人物は1920年にCBC Film Sales Corporationを設立し、これが後に1924年に社名を「コロンビア映画」としました。コロンビア社といったらこのハリーと組んだイタリア出身のフランク・キャプラ監督が有名ですね。そのコロンビア社も今ではソニー傘下ですが。。。 ・ワーナー・ブラザーズ 次はワーナー・ブラザーズですが、ポーランドからの東欧系ユダヤ人移民労働者だったワーナー4人兄弟によって1923年に設立された会社です。こちらも駐車場会社に買収されたり、出版社のタイム社と合併したりと様々な歴史を経て、現在は2000年にインターネットのプロバイダー最大手AOLと合併しています。 ・ウォルト・ディズニー 言わずもがなの有名企業です。ディズニーランドの運営や、映画製作、アニメーション製作、そして最近では、1996年にアメリカの三大ネットワークの1つ、ABC放送局を買収して傘下におさめています。 1923年10月16日にウォルト・ディズニーとロイ・O・ディズニーの共同経営ではじまりましたが、第2次世界大戦で会社が軍の私物となってロイは退社し、ウォルトの単独経営でなんとか映画製作だけは続行された状況が続きましたが、1938年9月29日に、カリフォルニア州法に基づく法人を設立し、1945年にロイが代表取締役社長として戻り、ウォルトは代表取締役会長となって再び兄弟の共同経営となりました。 ちなみに、1900年代前後だと思いますが、パラマウント映画社長のマイケル・アイズナーを会長、ワーナー・ブラザーズ元社長のフランク・ウェルズを社長として迎え入れ、「奇跡」と呼ばれた発展を遂げたるもしたそうです。 世界初のトーキーアニメ、長編アニメ、カラーアニメなど歴史に残る業績を残したが1966年にウォルト・ディズニーが亡くなってからは低迷しましたが、1990年代に再び黄金期を迎えます。 復活の立役者は当時映画部門の責任者だったジェフリー・カッツェンバーグ。彼は伝統的なディズニー・アニメを再建する一方で、CGアニメ時代の到来を受けて、ピクサー社との提携を実現しました。 そして2006年5月5日、ディズニーはピクサーをM&Aにより買収し、ディズニーの完全子会社となりました。なお、アップルコンピュータに加えてピクサーのCEOでもあるスティーブ・ジョブズは、株式交換によってディズニーの筆頭株主になると共に役員に就任します。 映画製作は、ウォルト・ディズニースタジオ・モーション・ピクチャーズ・グループによって行われていて、グループ内には4つのレーベルがあります。 主にアニメーション映画やファミリー向けの映画を作るウォルト・ディズニー・ピクチャーズと、 実写映画の製作が中心のタッチストーン・ピクチャーズや インディーズ映画が中心のミラマックスやハリウッド・ピクチャーズなどがあります。 また、1996年に日本のスタジオジブリと戦略的提携を結んでいます。また、ブエナビスタという名前の配給会社も運営していたが、現在は名称をウォルト・ディズニー・スタジオと変更しています。 ミラマックスも2010年1月末日に閉鎖されています。 ・20世紀FOX 1934年12月28日、フォックス・フィルム(1915年にウィリアム・フォックスにより設立)と20世紀映画(1933年にダリル・F・ザナックにより設立)が合併し、20世紀フォックス映画として設立された会社です。 戦前はシャーリー・テンプル主演作やジョン・フォード監督、戦後はマリリン・モンローの映画が有名です。 1953年には、ワイドスクリーンのひとつ「シネマスコープ」を開発します。 20世紀フォックスの映画といえば、冒頭で流れる、スネアドラムの軽快な刻みから始まる華やかなファンファーレが有名で、この曲は、1935年当時、同社の音楽部長だったアルフレッド・ニューマン(1901-1970)により作曲された、わずか9小節という短い曲で、もともとはニュース映画の冒頭に流す事が主目的だったそうです。 ニュース映画の時代ではなくなったものの、映画の本編が始まる前の臨場感を高めるメロディとして、今なお同社の映画には欠かせぬ存在となっていて、他の映画会社には見られない、インパクトあるスポットとして広く知られていますね。 ・ソニー・ピクチャーズ 唯一日本の企業がアメリカ進出している映画会社です。1987年にザ コカ・コーラ カンパニーがコロムビア映画、トライスター映画などの映像エンタテインメント事業をスピンオフし、その統括会社としてコロムビア・ピクチャーズ・エンタテインメント(Columbia Pictures Entertainment Inc.)を設立しました。 それを1989年にソニーが48億ドルで買収し、1991年に現社名に変更されました。買収当初はヒット作に乏しく、巨額の赤字を計上しましたが、1990年代後半から復調傾向を見せ近年では米国市場で常に上位のシェアを占めているという状況です。 ◆それぞれの代表作
|